オタクと恋愛

[オタク]2005年6月17日

「2次元=3次元」説


数年来の持論として、「2次元=3次元」説と言うのがあります。ディスプレイから恋人が現れたり、空から女の子が降ってくる、2次元の世界では日常茶飯事な出来事が3次元でも起こりうる訳ではありません。その逆です。

どんなに萌えたとしても、そのキャラクターを愛していたとしても、2次元では想像でしか触れることはできません。悲しいけれど、それが今の科学の限界です。翻って3次元の世界でに目を向けてみるとどうでしょう。

街に出てみましょう。周りには可愛いなぁと思う娘を良く見かけます。とりたてて美人と言う程ではありません。けれど、服装や髪型に気を配り、街を往くその娘さんたちに比べて、自分はどうでしょう。サイトを離れると、ただのオタク。身だしなみの努力はしたか? 会話が上手くなるような努力はしているか? 積極的な性格になろうとしているか?

触れることはおろか、声をかけることすら叶わない。
 劣等感に襲われる中、ある事実に気づきます。なんだ、この世界も結局2次元と変わらないじゃないか。

どんなにいいなと思っていようが、2次元でも3次元でも触れることはできない。従って、2次元と3次元は同じ世界である。

「2次元=3次元」説の誕生です。
 この法則を見つけたとき、嬉しくなって早速友人に披露しました。
 そして肩をポンと叩かれて一言。「お前、ネガティブだな……」



オタクだから恋人ができない?

なぜ妄想の中でしか触れることができないのか。
 果たして、3次元で触れる方法はあるのでしょうか。

自分だって可愛い女の子は好きですし、ギャルゲーもエロゲだって嬉々としてやります。キャラクターにしょっちゅう萌えていたりするのは、日記や掲示板を見てもらうと分かるかと思います。

そうした虚像に対しては嫌悪感もなく、むしろ大好きであるのにも関わらず、実際に異性が来ると避けてしまうことはないでしょうか。あなたは妙齢の女性が来たならばうまく話すことができるでしょうか。意図的に避けることはないでしょうか。圧迫感は受けないでしょうか。

当てはまらないならば、おめでとう。あなたはこれからも2次元と3次元のデュアル生活を享受してください。ここでは、当てはまるものとして話を続けます。

オタクだから彼女ができない。これが原因なのでしょうか。

こんなオタクを好きになってくれる娘なんていやしない。そのコンプレックスには、オタクが原因ではなくて、異性でなくても対人関係が苦手な人たちの苦悩が垣間見えそうです(※1)。どうせ自分なんて好きになってくれる人なんていやしない。ましてや、恋愛なんてとんでもない! 人との深いかかわりをできるだけ避けているうちに、同年代との経験値の差が広がってゆきます。

10代の頃はそれでも良かった。
 しかし、20代に入りつつあると、自分の周りにも誰かと付き合う話も多くなりますし(※2)、仕事だと嫌な人とのコミュニケーションを避けて通るわけには行きません。そのような中で、圧倒的な経験値の遅れがあります。人間関係に悩むコンプレックスが、「生まれてこの方、恋人もいない」考えと相まってさらに増幅してゆくことになるかもしれません。

原因はオタクなことだけではありません。そこには会話が苦手、ファッションが絶望的に悪い、まわりに同性しかいないなどの複雑な要素が絡み合って今のあなたを作り上げています。

※1 もちろん、男子校や女子校のように周りが同性ばかりで異性がいない環境にいたりする場合もできなかったりしますね。

※2 「彼女いるの?」と問われるより、「結婚してるの?」と問われる機会が多くなってきました私。次は「お子さんは?」だな。



原因は受身にあるのか?

私自身のことを少し述べると、人付き合いは苦手で内向的です。会話もドが付くほどヘタです。服装や髪型を気にしないオタクです。会話は聞き上手になればいいとも言われます。しかし、それも難しい技術なのです。

書いていて悲しくなってきた。そんなオタクで内向的な人間の特徴を挙げてみましょう。

内向的な人間の特徴
 人に好かれているだろうかと思う、対人関係への不安。
 気を許した人間との会話は絶妙。
 見かけとは裏腹に、予想以上に頑固で完璧主義者。
 自分の世界を持ち、一人遊びが上手。
 自分の感覚に対しては敏感だが、外部の様子に鈍感。

次は、オタクな人間に見られる特徴を書いてみます。

オタク人間の特徴
 自尊心が高い、または低すぎる。
 特定の分野に異常に強く、その話題を振ると嬉々として語り出す。
 のめりこむと、とことんやらないと気がすまない。
 一人でいることが苦にならない。
 仲間内(同種)だけでのつながりが強い。

オタクと内向型。2つは互いにマイノリティーですが、列挙してみると、似ています。オタクにはこの2つが合わさったようなタイプが多いのではないでしょうか。もちろん、人当たりが良く社交性のあるオタクもいますが、その人たちは特に対人関係には問題なさそうなので、省きます。

繰り返しになりますが、自分が恋人がいないのはオタクだからなのではない。人見知りして、仲間内の輪から抜け出せない、最初の一歩が踏み込めない人間性が問題なのでは? と考えられます。現代日本で重宝されるのは、受身な人間ではなくて、何事も積極的な人間。それは恋愛でも変わりません。



もしも一般人を好きになったなら

好きになった人が、オタクでない一般人だとすればさあ大変。

本当は、相思相愛ならばオタクであろうとなかろうと良いのですが、そうでない場合が問題です。
 対人関係への自信のなさから、自分とあの娘と釣り合わないのじゃないか? メールを送ったって迷惑なんじゃないかと思います。その恐怖に打ち勝ち、受身はダメだと思い込み、意を決して送ったら見事に無視されたりするのです。そうしてやっぱり自分はダメだと烙印を押してしまいます。このように、ただでさえ四苦八苦しているのに、その上「オタクだということがバレたらどうなるのか?」と、二重の不安に苛まれるのです。

しかし、恋愛が時に人を変えることもあります。意中の人を振り向かせるために努力する。

眼鏡をコンタクトに変え、ユニクロファッションをお洒落なものに変えて、髪型もこざっぱりさせる。人が見るというドラマをチェックし、話題のスポットを頭に叩き込む。

オタクを偽装し、対人関係を偽って好きな人と会う。それでも会話はあんまり弾まないし、自慢の知識も使えない。毎回のデートだって迷うと思いますよ。世の中には男同士(逆はありますね。女の子同士で行くのは見ますね)では行きにくいカップル向けのデートスポットが多々あります。

好きな人が一緒ならどこだって楽しいでしょう。けれど、普通のオタクが、一般人が好む場所へ参加したとして、どれだけ楽しめるのでしょうか。一般人が好む場所になれて、自分も純粋に楽しめる。脱オタク化の過程を、自分も望んで楽しめる場合以外に、心から楽しめるのかな、と思います。

脱オタクのマニュアルは色々ありますが、それらをひとつずつ実行するならば、とてつもなく面倒ですし、そんな「一般人になった方が楽しいよ」みたいな価値観を押し付けられてもオタクは当惑するでしょう。一般人の恋人に対して顔は笑顔でいつつも、「たまにはアニメイトへ行かせてくれぇ」と心で泣いている人もいるかもしれません。



同じ土俵から降りてみる

男女の別なく、オタクは趣味に熱心です。命を懸けている人だっています。しかし、私たちがいるその世界は非常にニッチな所です。大多数の一般人に、今週がコミケの締め切りだからと言っても手伝ってもらえるわけでもありませんし、ましてや理解すらしてもらえるかどうかすら分かりません。

そんな趣味に熱中している人たちに、襲い掛かる価値観。オタクとして生活をしていますが、現代日本で生きる以上、少数は多数の脅威に晒されます。

「いい年をした若者が、恋人がいないなんて」
  話題の場所にはカップルがあふれ、メディアは面白おかしく偏狭な価値観を提供し、それに対して反発するオタクたち。そんな世の中が正しいのかどうかは私の知ったことではありません。

そもそも、オタクが一般人と同じ土俵にあがろうとするから、価値観の衝突が起こり、時にはオタクへの嘲笑が起こります。もちろん、私たちも一般人の価値観にやられないくらいの常識は身につけておかないと、社会生活すら危ぶまれますが。

恋人がいるのが普通。結婚するのが普通。幼い頃から意識せずとも植え付けられてきたこの価値観がコンプレックスになって襲いかかります。「普通」というレールを外れたオタクたちは、人生を趣味に費やしつつも、これで良いのだろうかとふと考えてしまいます。

哲学者ボーヴォワールを真似るならば、「私たちは日本人に生まれるのではない、日本人になるのだ」と言ったところでしょうか。価値観は社会によって作られます。

この価値観の壁を突破するのは、相当難しそうです。
  しかし突破したからと言って、恋人を作るなという訳ではありませんが。



オタクカップル

数年前、サイトを公開した当初は、ネットを通じて女の子と友達になりたいとか、あわよくば……と考えたこともありました。

趣味が合うのは楽しいですよね。ただでさえオタクは肩身が狭い身。同性とつるむこともありますが、異性とも語りたいではないですか。水樹奈々のライブを女の子と行けたらなぁと思ったこともありますよ。

今よりも、もっとアホでした。
  そんなことは不可能だと気づいただけましですが、別の面でサイトの痛さはパワーアップしています。

閑話休題。
  オタク同士ならば、互いに趣味を優先する事情も分かります。自分自身の経験上から、オタクがどのようなものか知っていますし、理解しやすいはずです。付き合って仲が深まってゆけば、相手がオタクであろうがなかろうが、そんなことは些細な問題になってゆくでしょう。付き合う初期の段階において、一般人よりも同じオタク同士の方が有利なのではないでしょうか。

オタクだって常々アニメがどうとか、声優に萌えとか語ってはいません。勉強や仕事、将来の話だってするでしょう。オタクな話もします。世間話もします。ただ、その趣味の方向が世間で呼ばれる「普通」から、ちょっとずれているだけなのです。

普段、オタクを隠す所からスタートするのに、最初から自分の本性(の一部)をさらけ出して付き合えるのはとても大きな利点です。お互いが自然にいられて、楽しめるなんて素敵ですよね。ただ、話が合いすぎて、気が付けばカップルというより趣味の友人同士になっている例もあります。でも、それもまた良いでしょう。



知的で格好よいオタク

最後は、ちょっと恋愛から離れた話を。

数年来、あるべき自分像として、私は「知的で格好よいオタク」というのを目標に掲げていました。オタクな話題は努力せずともできます。しかし、それを維持しつつ、普通の話も上手に対応できる。脱オタク化して一般人になるのもひとつの手ですが、それと同じだけ努力をするならば、今ある自分をベースにして、少しだけ一般人になじむ知識や経験を身に着けた方が良いでしょう。オタクから萌えやパソコン、ゲームを取り上げて空虚な人間になるよりも、よほど有意義です。

一般人から「あのゲームって何だっけ?」と聞かれた時には、暴走せずに楽しく会話ができる。恋愛の話だって大丈夫。時と場所と人によって話題を変える事ができる人は羨望の的で、恋愛ゲームの話ならできるやーちんとは大違いです。

内向的な人間はいずれ消滅してしまって、世の中には外交的な、社交的な人間が栄え出す。生存競争の論理にあてはめるなら、人間社会でも環境に適応した社交的な人々が生き残って栄えてゆく——。そんな説があるそうです。
  こうなってしまうと、オタクかつ内向的な自分としては悲しいですね。

そうならないためにも、「一般社会」「普通」と言う価値観、そんな長いものには巻かれた振りをする。オタクであることに少しの誇りを持ちつつ、恋愛も絡めた複雑怪奇な人間社会をしたたかに生き抜いてみましょうよ!


参考
 受身な人の心理状態(Wiki ver.) / PukiWiki
 「オタクをやめる」と決意した時に考えること(12/24) / 赤の七号
 悩む性格・困らせる性格/詫摩武俊(講談社現代新書)

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なぜ恋人ができない、を考えているうちに本末転倒になってしまいました。 続きを読む


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